16時。
海岸から警戒警報が聞こえます。
ぱうーん、ぱうーん という大きくて奇妙な音です。
海に近づくな、いつでも逃げられるように準備して防災放送を聞き逃すな
と言うアナウンスが鳴り響いています。
職場から自宅まで信号は消え
鎌倉のメインストリートである若宮大路の交差点ですら警察官不在。
我れ先にと車が交差し混乱を極めていました。
4時半。やっと帰宅しました。

地震と警戒警報ですっかり怯えきったふたり。
地震の時、パパはちょうど床屋に出かけていて
ガタガタゆれる家の中でふたりはどれだけ怖かった事でしょう。

日が暮れてきました。
停電が続いていますがガスは使えました。
パックのおでんを温め
パックご飯で雑炊を作りました。
このマンションは高架水槽で
屋上の水槽にポンプで水を汲み上げています。
停電すると送水する事ができず
水を使い切ると断水します。
震災で一番苦労するのは水の確保です。
浴槽をきれいに洗い、満タンに水を張りました。
煮沸すれば飲料にも使えます。
トイレにも不自由しないように念のためです。
阪神大震災を身近で体験した時に得た知恵です。
2度と役には立たないと思っていましたが…。

とっぷり日が暮れてしまいました。
メルは緊張感いっぱいでパパにしがみついています。

お寿司の玉子…に見えますがろうそくです。
パパが海外のお客様のお土産にしようと買い置きしてあった物です。
ろうそくは全部で5つありました。しばらくは大丈夫。

夕飯を食べ始めました。
テレビも見られないのでもくもくと食べます。
この異常事態に
ロコはいつも通り「ちょうだい、ちょうだい」をしています。
いつもは鬱陶しいと思いますが今日はなんだかほっとします。
コイツがいつも通りにしていてくれるだけで悲壮感はずいぶん和らぎます。

食べ終わった雑炊の土鍋を舐めているふたり。
褒められた事ではありませんが
今日は下洗いしてもらいました。
暗闇で洗うのはちょっと大変なのです。
かといって置いておくとご飯がこびりついてしまうし。
この時点で19時。
携帯も圏外となり誰にも連絡が取れません。
唯一、ノートパソコンでテレビを見る事ができました。
東北地方で大変な事になっているというのが判りました。
パソコンの電池を温存するためにこれ以上は使用禁止。
阪神の震災の時
私は最大被災地の神戸からは少し離れた地域に住んでいました。
神戸の友人に連絡を取りたいが
市外局番の078をまわした時点で話し中になってしまう。
大阪の友人に連絡を取りたいが06をまわすと話し中。
そんな状態の中、私の住む074地域だけは発信できるということで
わが家は臨時の伝言ダイヤルとなっていました。
「○○さんは西宮の小学校にいるよ」「××さんは九州の実家に帰っていて大丈夫」
電話の横に紙を貼り、とにかく必死で書きとめました。
被災地からの電話も比較的繋がりやすかったので
神戸からの情報はどんどんわが家に集まりました。
この「わが家伝言ダイヤル」のおかげで
神戸で必要な物とそれを運ぶ場所が簡単に把握できました。
運ぶのはもちろんバイク。
神戸の友人はライフラインが復旧した夜
「余ったミネラルウォーターで風呂を沸かした」と言い放ちました。
最も入手困難だった飲み水で、です。
通信手段さえ確保できれば
それだけ色々な物が潤沢に手に入ったということです。
20時。照明がつきました!

お嬢たちはぴったりくっついて眠っていました。
携帯は相変わらず圏外。
家の電話からとりあえず大阪の実家や友人に電話を入れました。
「大変やったねー、鎌倉、避難勧告出てたやろ。今どこ?」
えっ?そうなの??
私、津波が来たらダメだったかも…
今回、あればいいなと思った物。
太陽光で携帯充電ができるアイテム。
もっと立派なろうそく、あるいはキャンプ用のランタン。
電池で聴ける、あるいは手回しで充電できるラジオ。
ずばり、自家発電機。カセットコンロで発電てきるヤツ。
10万くらいするけどそれでテレビが見られるなら高くない。

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コメント
コメント一覧 (1)
もう2日間テレビはものすごい様子をずっと流しています。
車がミニカーを洗面器で洗うみたいにながされてるし…
自然の猛威って恐ろしいね。
メルちゃん・ロコちゃん怖かっただろうね。
余震が続いてるみたいだし気をつけてね。